2006.10.16 Monday:真夜中の静寂の中、ゲッセマネの園で

急に聖書が読みたくなって、中学一年生から六年間、学生生活を共にした聖書を実家から送ってもらう。

付箋がついていたので、あけてみると、テスト範囲などのメモだった。「テスト(ゲッセマネ)」と青いペンでメモがしてある。旧友に久しぶりに会ったみたいで、何だかちょっと嬉しい。マーカーが引いてあるところを、読み返して、色々思い出す。

小学校からミッション系の女子校へ行った為、キリスト教についての授業は、合計するとなんと12年もの間受けていたことになる。

でも、在学中は宗教の授業が大嫌いだった。マスール(修道女)達は怖かったし、教義に対して疑問を抱くと迷惑がられ、ただキリスト教万歳、みたいな授業には辟易した。本当に嫌いだった。

中でも、聖書について読み進め、自分なりに調べたり考えたりする授業が嫌いで、その時間は、いつも雅歌を読んでいた。

雅歌、というのは、聖書の中でも異色の存在で、主に恋愛についての美しい詩のようなもの、といった感じだ。結構官能的な表現もあったりする。

雅歌のページには、しおりがはさんであった。好きな詩にはペンで印がつけてある。ここでも懐かしさに再会。

聖書の中で唯一、この雅歌を読む事が、昔から大好きだった。雅歌を読むたびに、言葉が宝石のようだ、と思う。

でも、授業で雅歌が触れられる機会は、一度もなかったように記憶している。子供達に聞かせるには、とても良い詩ばかりだと思うのに。もったいない。

嫌いだった過去の思い出も、今に繋がっている大事な要素なのだな。現に、雅歌は幼かった私の心に栄養を与えてくれ、今でもそれは生きている。そう思うと、憎たらしかった重くて分厚い聖書も、少し愛しいような。

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雅歌:2.2(若者の歌)
おとめたちの中にいる私の恋人は
茨の中に咲きいでたゆりの花。


雅歌2.3-6(おとめの歌)
若者たちの中にいるわたしの恋しい人は
森の中に立つりんごの木。
わたしはその木陰を慕って座り
甘い実を口にふくみました。

その人はわたしを宴の家に伴い
わたしの上に愛の旗を掲げてくれました。

ぶどうのお菓子でわたしを養い
りんごで力づけてください。
わたしは恋に病んでいますから。

あの人が左の腕をわたしの頭の下に伸べ
右の腕でわたしを抱いてくださればよいのに。


雅歌4.1-5(若者の歌)
恋人よ、あなたは美しい。
あなたは美しく、その目は鳩のよう。
ベールの奥にひそんでいる。
髪はギレアドの山を駆け下る山羊の群れ。

歯は雌羊の群れ。毛を刈られ
洗い場から上ってくる雌羊の群れ。
対になってそろい、連れあいを失ったものはない。

唇は紅の糸。
言葉がこぼれるときにはとりわけ愛らしい。
ベールの陰のこめかみはざくろの花。

首はみごとに積み上げられたダビデの塔。
千の盾、勇士の小盾が掛けられている。

乳房は二匹の小鹿。
ゆりに囲まれ草をはむ双子のかもしか。


雅歌4.9-11(若者の歌)
わたしの妹、花嫁よ
あなたはわたしの心をときめかす。
あなたのひと目も、首飾りのひとつの玉も
それだけで、わたしの心をときめかす。

わたしの妹、花嫁よ、あなたの愛は美しく
ぶどう酒よりもあなたの愛は快い。

あなたの香油は
どんな香り草よりもかぐわしい。

花嫁よ、あなたの唇は蜜を滴らせ
舌には蜂蜜と乳がひそむ。
あなたの衣はレバノンの香り。
00:48 No.156 雑録 permalink