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お祭りは終わってしまいました。灯りを入れた御祭礼提灯が民家の玄関にひとつきり。
祭りのあとは、なんだか物寂しい。ひゅー・・・

以下に、ごちゃっとしたことをメモがわりに列挙。
本当にごちゃっとして乱雑な上に何言ってるのやらって感じです。。


▼クナイプの入浴剤(ユーカリ)を買ったので、嬉々として今日?昨日?入浴するときに使ったのだけど、「爽快な香りの刺激により喉や鼻がさわやかになります」どころか鼻づまりがひどすぎて、風呂場で終始鼻をすすっていた。さわやかの欠片もないよ。無念だ。


▼やはり宮沢賢治が苦手なのは同族嫌悪的なものもあるのかもしれない。「性欲の乱費は君自殺だよ、いゝ仕事は出来ないよ。瞳だけでいゝぢやないか、触れて見なくたつていゝよ。性愛の墓場まで行かなくともいゝよ」だそうだ。これを見るたびに言い知れぬ気持ちになる。(宮沢賢治 - ウラ・アオゾラブンコ / 藤原草郎「宮沢賢治と女性」 昭和16年8月の部分より


▼どうも私はそれが自分とは完全に隔たった世界で起こるべきことと思い込んでいるふしがあるのかもしれない。というか、多分ある。頭と体の不一致というか。

▼結局は自分がそういうことに値しない存在だという考えに帰っていく。

▼それに対する欲求は確かにどこかに存在はしていて、その欲求を満たすために空想上で思い描く作業が早くから必要になったのかもしれない。けど、自分の実体験としてそういう充足感を得た試しがほとんどないうえに、現実では真逆の思いをした経験が大半なので、空想上でもある限界以上には進めない。完全に行き止まりになって、空想の世界でさえそれが宙をさまよってしまう。着地点を与えることができない。

▼それを受け入れられないのはあるときまでは「子供だから」だと思っていたけれど、実際はそういう理由ではなさそうだ。だから他人がそれを当たり前のように受け入れて、なおかつそれをまるで至高のものかのように扱う時、私は表面でなんとも思わない風を装いながらも、内心では逆恨み的にそれを徹底的に否定しようといつも試みる。そして玉砕する。

▼否定の層が厚すぎて、自分自身がこのことにおいては最も遠い存在に思える。


▼最も口にしてしまいたいことはあるが、それを口にするのは自分を貶める行為になるというか、どうも「穢らわしい(と思われる)」ような先入観みたいなものが邪魔して耐え難いので出来ないジレンマ。いや、みんなそんなもんかな。

▼こうやって母の言う「よくないことに囚われる」のも、ベナレスの殉教者がちらついてうんざりするのも、すべては寝てないからのようにも思われます。ああでも一応書き留めておきたかった。カモミールティーがまずい。寝る。今日は酒は飲まない。
10:59 No.280 雑録 permalink