涼しくなってくると、途端にスープが作りたくなりますね。
これからの時期、和風でも洋風でも汁物の美味しい季節です。

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今日はいただきものの美味しいソーセージがあったので、秋らしくさつまいもを使ってポトフを作ってみました。他に入っているのは、キャベツと長ネギ、舞茸、大根。さつまいもがほっくほくで、凄く美味しかった。お菓子に入ってるさつまいもはモソモソしててあまり好きじゃないが、おみおつけやスープに入ってるさつまいもは良いなぁ。

ソーセージは最初に野菜と炒めて、一旦取り出しておき、野菜が柔らかくなってから改めてスープに加えたので、ソーセージが出汁とった後の鶏がらのように味気なくなってしまうことなく、さらに最初に炒めておいたおかげで短時間煮込んだだけでスープにもしっかり味がついてて満足でした。

これからソーセージをポトフに使う時は、このやり方で作ろう(^!^)



「象牙の塔」といわれると、乳白色の、彫りの美しいひんやりとした塔が浮かぶけれど、これは学者が閉じこもる研究室の比喩に使われる言葉だと言う。この象牙の塔、ミヒャエル・エンデの「はてしない物語」にも登場するらしい。そういえば私は中学生のころ、この本(はてしない・・)の英語訳版をなぜか読もうと挑戦したことがあるのだけど、もちろん挫折した。

あまりにも有名な本だと、読みたいなと思っても何となく億劫に思うこのメカニズムはいったい何なんだろう。でも、はてしない物語は読んでおきたい。映画は大好きですが、原作読んだことありませんなんて言ったら原作ファンの方(および原作者様)にボコボコにされそうな作品ナンバー1てなイメージ。あ、でも好きなのは第一章に限ります。

今読みたい本・・・『夜と霧』『宮沢賢治(吉本隆明)』『シモーヌ・ヴェイユ—その極限の愛の思想』、なんていうか、自分はどこへ行こうとしているのだろうと不安になるセレクト。本当に読み切ることができるのか?投げ出さないか?ということを自分で自分に問いかけて二日になる。 あと一日待つべきか。

何か今の気分に合う音楽はないものかと探していて、Enigma(全然合わなかった)が浮かび、そこから「◯◯ズー」みたいな名前のアーティストが昔居たよなぁと思い出し(恐らく同年代に活躍していた?)、なんだっけなんだっけと考えてるうちに「バビロンズー」という名前が記憶の底から掘り出された。懐かしすぎて鳥肌モノ。アルバムのジャケットを検索してさらに鳥肌。当時はボーカル(推定)の顔が、ちょっとアーリア人風なジョン・ローンみたいだと思っていたのだけど、改めて見たらまっったく似ていなかった。でも縮小すると、やっぱりそれっぽく見えるような。
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Boy With the X-Ray Eyes / BabylonZoo

最近、グレゴリオ聖歌が気になる。といっても、あくまで「グレゴリオ聖歌風」が気になるんであって、本格的なのになってしまうと微妙。もともと、グレゴリオ聖歌自体は苦手な部類なので、それも仕方あるまいという感じだけども。。しかし、グレゴリオ聖歌風の音楽っていうのは、見つけるのがなかなか難しい。

イメージ的には、攻殻機動隊の「トルキア」とか(4:50辺りから)、


もしくは、ニーアレプリカントOSTの「魔王ノ城/記憶」なんてモロ好みだ。


ただ、書いてて不安になってきたが、私はグレゴリオ聖歌を何か取り違えているのかもしれない...上に挙げた二曲も、私が勝手にグレゴリオ聖歌っぽいと思ってるだけかも。。まあでもとにかく、こういう感じの曲ばっか作ってるアーティストとか居ないもんだろうか。最近、魔王ノ城/記憶ばっかり聴いてたが、他にもあれば集めて一日中流していたい。

イタリアの作曲家・オットリーノ・レスピーギの作曲したものに、グレゴリオ聖歌風協奏曲というのがあるらしいと知りちょっと聴いてみたのだけど、いったいこれのどこがグレゴリオ聖歌風なのか、私にはさっぱり分からず(曲は美しかったです、第二楽章が特に、さっきからリピートしてます)。

クラシックも色々と聴いてみたいと思いつつ、無見識というか無教養なのもあり、どこから手をつけていいやら全く分からぬ状況。悲しいですな...

別に放蕩者でなくとも、朝日が黄色いぜという表現は使ってもいいのでしょうか。というか、許されるのでしょうか。今日も順調に、時間ズレズレ。朝方とも夜型とも言えない日々を送っております。

06:56 No.281 食事 permalink