
十代の頃から隠居が夢だった私にとって、終の住処を考えることは割と日常的な行為なのですが、最近二十代も後半になってより具体的にそのことを考えるようになってきました。
昔は、どっか自然のある場所で、庵を結ぶようにひっそり暮らしたい、みたいな、完全に小説からの影響じゃんていう妄想しかしなかったのですが、やはりだんだん年をとってくると、細かく考えるようになってくるもんですね。まあ、でもまだ早すぎだろって感じもしますが;
できるなら、やっぱり終の住処にする場所は東北がいいなと最近思います。一応出身地域ですからね。東北にそこまでの思い入れはないと思っていたんですが、そうでもなかったようで、やっぱり年をとってから住むならば、冬にちゃんと雪が降って、水道のスイッチを切らないと朝には凍ってしまっているような場所がいいな。雪が降るっていっても、ほどほどにですよ。所詮太平洋側の南東北育ちですから、豪雪地帯に住むのは無理です(笑)
東北が良いなと思うのは帰巣本能かなーとも思うんですが、でも我が家のご先祖様をたどっていくと、案外東北出身の人はほとんど居ないんですよね。一番古いご先祖様の地としてわかっているのはなんと、予想外すぎる三重だし、他は新潟、静岡、関東地域に固まっているっぽいので。私自身も生まれた場所は仙台じゃないし、育った場所も半分仙台、半分関東地方だから、何ともねえ。東北と行っても仙台に住みたいかと言われるとそうでもないし。寒いところが好きってだけなのかな。
私が小学校低学年の頃、多分東北地方全体が冷夏だった時があって、その頃の印象が強いのかもしれないなぁとも思います。その夏は本当に「これが夏か?」と思うほど寒くて、昼間でも長袖のカーディガンを羽織ってないと震えそうなぐらいだったんです。空も夏らしい晴れ渡った空じゃなくて、8月の空とは思えないような鈍色の空が広がっていて、周りの人は「いやだ、いやだ」と言っていたんだけど、私は結構好きだったんですよ、その夏が。で、未だにあの夏に憧れてるのかもしれません。。。まあ、農作物とかは不作で大変だったとは思うんですがね;
ただねえ、終の住処って言っても、そんなに理想通りには事は運ばないでしょうし、どこが良いかなぁって考えてる時が一番楽しいんだろうなと思います。
実際住んでみたら、その街の嫌な面ばかり目に付くということもあるだろうし。まさに、室生犀星の「ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの」なのかもしれませんなぁ。
ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや
ひとり都のゆふぐれに
ふるさとおもひ涙ぐむ
そのこころもて
遠きみやこにかへらばや
遠きみやこにかへらばや
室生犀星 『抒情小曲集』